STORY・大川家具の伝統と歴史

  大川の家具について 家具職人 大川家具の歴史

大川家具について

大川家具

産地の特徴

トータルインテリア産地「大川」は、470年の歴史と伝統を持つ、家具・建具生産高日本一を誇る木工の産地です。箱物(チェスト類)、棚物(食器棚類)を得意とする一方で代々伝わってきた繊細な職人の技が織り成す(指物)も産地が誇る伝統工芸です。大川はその歴史の中で様々なデザイナーとともに日本の家具生産の先駆的な役割をはたしてきました。職人の層の厚さや伝統を守り大事にする技の伝承と、常に新しいものを取り込もうとする改革精神の融合こそ大川の産地としての魅力です。

家具職人

大川の家具作りは、あらゆる職人がいてはじめて可能になります。木工の職人、塗装の職人、木工機械の職人、この職人の幅の広さと層の広さが大川の家具作りを作り出しています。

木工の職人

彫る

「木あじを出す」木の持つ表情を豊かにするために刃物を入れる。木目の美しさと荒らした木端(こば)の調和が絶妙な味を出しています。

引き出し

鉋一枚0.1mm以下の削りで、引き出しを箱に合わせる。本来引き出しは後から箱に合わせてひとつひとつ調整するものです。

画材付け

「目より手」職人の手は精密なセンサー、手で物を見る。0.01mmの差は見ても判らないが、手は見分けられる。刃物の研ぎも材の見極めも、仕上も目と手で判断するのです。

部品見本

「図面じゃわからない」刃物の組み合わせが複雑な部品は、図面では表せない。治具と同じように部品見本の制作と管理は重要です。

木くぎ作り

チーク材の長年使いなれた台の上で木釘削り、うつぎを削って木釘から作る職人は少なくなりました。「木釘を焼くと強くなるが、堅すぎて棚板を傷めるから焼かない」

研ぎ

「桐用鉋の刃先角は違うよ」柔らかい桐材を削る鉋の刃先角は小さく研ぎます。自分の道具は自分で仕立てて自分で手入れする、だから作る物が違えば道具も違うのです。

木取り

「木を読む」節、割れ、アテ、木工、全ての情報を荒材から読み取り、ロスの無いように木取りをするためには、長年の経験と勘が必要になります。

大川家具

塗装の職人

調色

「材が変われば色も変る」材のバラツキをなくし、美しい木目にする着色。微妙な色調を出すためには、職人の勘が必要になります。

吹付け

「仕上によって圧と粘度は違う」美しい木目に仕上げるためには、塗料の粘度と吹付けの空気圧調整が大事。木と塗料、どちらも熟知していなければよい塗装はできません。

木工機械の職人

CADデータを基にNC(数値制御木工機械)の制御プログラムを制作する。木を削るのが手の道具の刃で削るのか、機械の刃で削るのかの違いはあっても、木の性質を熟知していなければ美しく加工することはできません。刃をどの角度から入れてどちらに逃がすか、機械に職人の技をプログラムする。精密な数値制御の機械も、複雑な加工を必要とする部品には正確な治具作りが要求されます。高度な機械も木を知り尽くした職人によって制御されるのです。

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大川家具の歴史

伝統と技術が集積された大川の家具、その起源は約470年前にさかのぼることができます。

室町時代後期
大川家具の開祖、榎津久米之介が、船大工の技術を生かして、天文5年(1536)指物(さしもの)を始める。
これが「榎津指物」の起こりとされているが、家具が主流になるにはまだ時を要する。
江戸時代後期
中興の祖、田ノ上嘉作は、文化9年(1812年)榎津長町に生まれ、久留米の細工人に弟子入りし箱物の製作を修得して帰郷。これが「榎津箱物」のはじまりと言われている。
明治10年頃
榎津・笥が生まれる。
明治22年頃
今から約100年ほど前の明治22年(1889年)、町村合併によって大川町が誕生し、木工関係者が町全体の四分の一を占めるほどになりました。この発展の原因には、塗装方法や木工機械の進歩などの技術の発展のほかに、材料の木材が確保できたことと、家具製品の販売先が広がったことがあげられます。
明治42年(1909年)
大川指物同業組合が結成される。
明治44年(1911年)
同業組合立「大川工業講習所」が開設される。
大正元年(1912年)
大川鉄道が敷設され、販路が拡大される。
昭和20年(1945年)
第二次世界大戦の敗戦による物資不足が木工関係者に打撃を与える。
昭和24年(1949年)
木工産地として復活し、家具づくりを再開。同年、国より「重要木工集団地」の指定を受ける。またこの年、榎津久米之介の400年忌を期して「第1回大川木工祭(昭和29年から「木工まつり」となる)が開催される。
昭和30年(1955年)
「第1回全国優良家具展」への出品により、全国の注目を集める。同年「西日本物産展」で工業デザイナー河内諒デザインの和ダンスが最高賞を受賞。世に知られる大川調の「引き手なしたんす」である。
昭和38年(1963年)
家具メーカーで組織する「協同組合大川家具工業会」を発足。
昭和46年(1971年)
展示会場を備えた「大川産業会館」が建設される。
昭和49年(1974年)
戦後のベビーブームによる、急激な結婚や新築のラッシュにより日本一の家具産地となる。
昭和62年(1987年)
イタリアの家具産地「ポルデノーネ市」と姉妹都市締結。
財団法人大川総合インテリア産業振興センター設立。
平成2年(1990年)
「デザイン・イヤーin大川」の集大成イベント「国際デザイン・フォーラム」開催。
世界に羽ばたくインテリアシティとして大きな一歩を踏み出す。

そして現在の大川は…

箱物(タンス類)、棚物(食器棚等)家具を中心とした日本最大の家具産地に成長し、高価格製品から普及製品まで、幅広い商品構成を特色とした産地を形成しています。また今日の大川のインテリア産業は家具・建具の産地から、住宅関連産業も含めたトータルインテリア産業へと発展しています。

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